中世…華王朝の崩壊~混迷の時代へ(10L.E)

華王朝の崩壊は周辺地域に極めて大きな影響を与えた。
前述したとおり、周辺の国々は華に貢物を送り権威を認められていた。華から称号をもらうことによって各国の首長は陪臣を従え、自らを特別な存在としていた。

華王朝こそ究極的な模範であり、またそのようになるよう華自らが指導していた(それは極めて独善的であったが)。その華が崩壊した時、政治的な事件のみならず文化的にも大転回が起こったのである。
当然レゴランド地方も例外ではなかった。

まず既存秩序の崩壊が起こった。
王朝の残兵は各軍団ごとに野盗となり、たびたび北方からレゴランド半島を脅かした。
その破壊は徹底しており、同時期に華南から半島に逃げ延びたある文人は次のように書き残している。

盗賊、海賊よりも華の残兵のほうがはるかに強く、恐ろしいほど残忍である。
略奪にあった村々は数百に及ぶという。老人子供はその場で殺され、壮年の男女は奴隷として売られる。
襲われた村には米一粒、酒一滴たりとも残らない。


北方の治安崩壊、そして今まで依存していた権威の崩壊によって連鎖的に半島の統治機構も崩れた。
当時、レゴランド地方は数十の小国に分かれ、華の権威を纏った国が盟主となる連合体制となっていた。
数十の国々は今や隣国を併呑し、自国を強化せんと様々に争い始めた。各国の軍制も一変し、徴兵よりもてっとり早く軍を増強できる傭兵が戦場の主役となった。

しかしマイナスばかりではなかった。
華王朝からの多くの亡命者は先進的な文化・技術を半島に伝えた。華王朝のくびきから解放され、半島は独自の発展を進むのである。
レゴランド半島は大河も流れ、肥沃な土地であり通商も盛んであった。内乱を終結し統一すれば豊富な国力を手に入れることができる。繁栄の余地は十分にあった。

レゴランド地方によって幸運であったのは500年という長い歳月であったが、統一を果たしたことであった。
華南地域では結局その後同地域を統一した国家は現れず、迷走して衰退していくことになるのである。

掠奪
華王朝の残兵による掠奪のうち大規模なものを年号と図に表わしたもの。半島中部まで被害を受けた。
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